手芸と料理

先日、パンツ(ズボン)のボタンがとれたので、ささやかな裁縫セットを出してきて、ボタン付けをしてみた。
ボタン付けなら出来る・・・というか、私のやる裁縫なんてボタン付けくらいだ(全然自慢にならないわけであるが・・・)
そのささやかな裁縫セットのなかの「まち針刺し」(写真参照)は小学校3年生くらいのときにフェルトで自分で考えて作ったものである。自分で言うのもなんだが、まあまあかわいいし(しかしリボンとハートというところが小学生だよね。今の自分なら絶対こういうデザインにしないと思う^^;)、特に壊れもしないので、その後ずっと使い続けて今ここにあるわけなのだが、見ると何か申し訳ない気持ちになるというか、“小学校の時は手芸好きだったのにね。どうしてそのままオトナにならなかったんだろうね。残念だね”って語りかけた
くなる感じだ。
人は本来成長していくもの(出来ることが多くなる)なわけだし、私自身もそう思うが、一方私の場合、歳とるにつれ退化した(さほど興味がなくなった)部分も多い。
考えてみれば、料理系も小学生の頃は好きだった。小学校2年生の時は、毎朝登校前にいり卵を作るのが楽しみでならなかったし、高学年の頃には揚げ物(といってもオレアイダポテト)にもチャレンジしていた。そして何より燃えたのがお菓子作り。毎週図書館に行っては、お菓子作り本を借りてきて、クッキーとか作ってたなあ。スイートポテトとシュークリームを美味しく作るのが夢だったんだよね(両方とも成功例なし。難しい)
それが、今では夕飯のおかずを作ることすら面倒くさい。まず、献立を考える時点で難航する。出来れば旦那に作って欲しいって思ってる。料理の部分でも、やっぱり“ごめんよ~。小学校時代の私”って感じだ。
多分、人間っていうのは、進化すれば進化するほど、興味ある事象が多ければ多いほど、それだけ充実した楽しい便利な生活が送れるはず。何か、書いてるうちに、手芸も料理も苦手な虚しさを超えて、まだまだ頑張らなきゃなって前向きな気持ちになってきたぞ。ってゆーか、そういうことに、今頃気付いている時点で、何かちょっと気付くのが遅いような気もするのだけど^^;
退化していく部分があるのも多少は仕方ないと思いつつ、最近目に見えて著しく退化しているのが「体力」と「ソフトボールの能力」。キャッチボールを、意識しないと出来ないっていうのは問題だわよね。暴投が多いし、ノック怖いし、全然打てない。やっぱりスポーツは毎日やらなきゃだめなんだよね・・・。あーあ。
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コメント
確かに!
私も小学生の頃は、面倒くさいというのは勉強ぐらい?
手芸と言うか、編み物も挑戦しました。大きくなってからも、2回ぐらいマフラーは作りましたが、今は買ったほうがいいんじゃない?とか思ってもしまう。
子供の頃はなりたい職業とかもたくさんありましたよね。今の子は結構現実いってて、公務員とか言ってる子もいますよね。何か寂しい。もっと、夢を追ってほしいとか思うけど。
今日は変な天気ですね、それでも出かけようとしていますが・・・。ではまた。
投稿: にゃんこ | 2007年5月 6日 (日) 09時51分
にゃんこさん、コメントありがとうです^^
マフラー作るなんてすごい!私は編み物は早々に挫折してしまいました・・・不器用です。私も買ったほうがいいかな。金銭的にも労力的にも見た目の綺麗さ的にも。
なりたい職業・・・強烈に覚えてるのが電車の運転手さんと探検家。後者については、かなり着々と実践も積んでいた気がする(荒川を辿ってチャリンコで海まで行ってみよう!ツアー、貝塚人骨探検ツアー、秘密基地の設営)
貝塚の木の幹にみんなで彫った友情の証のことばは果たしてまだ残っているのだろうか??20年前とかだけど。新郷貝塚、行ってみようかなあ。
自分が↑のような状況で、全く現実感に欠ける子だったので、現実を考えられる子供はある意味いいな、とも思う。いずれ現実に直面せざるを得ない時が来るわけだしね(ひそかに反省^^;)
公務員も色々な仕事が経験できるし、行政に携わるって素敵なことかも、って最近は思ったりする。そういう職業の「見方」が以前の私には欠けていたなあ。仕事って結構“自分の考え方次第”ってところがあるかも。
最後は単なる独り言&反省色の強い文章になってしまいました・・・^^;
投稿: なんぶ | 2007年5月 7日 (月) 11時28分